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翻訳はほんとうに必要なのか

翻訳はほんとうに必要なのだろうか。必要だとすれば、なぜ必要なのだろうか。この点を考えるヒントとして、過去を振り返ってみよう。明治と戦後に英語を国語にするべきだという主張があったのは、もちろん、日本語に何らかの点で欠陥があるとみられたからである。この結果、明治には言文一致運動があり、戦後には国語改革があって、日本語が大きく変わることにはなったが(そして、現在にいたるまで、禍根を残す結果になったが)、結局、英語を国語にすべきだとする主張は、それはどの力をもたなかった。この点を考えれば、情報化とかグローバル化とかを根拠として英語をもっと取り入れるよう求める主張も、たいした力はもたないといえるかもしれない。しかし、明治と戦後にそうなった背景のひとつとして、猛烈な勢いで翻訳がなされた事実があることを無視するわけにはいかない。大量の翻訳書が出版された結果、英語を国語にしなくても、欧米のすぐれた文化や科学技術を吸収できることが実証された。英語を国語にすべきだとする主張は、論拠を失った。