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戦後日本人が初めて日の当たりにした“ブランド”

戦後数度にわたってリメイクされた映画『肉体の門』を見てみると、「星の〜流れに〜身を占ってえ〜」と唄う当時のガード下の街娼、俗にいうパンパン達のスタイルが妙に気になるんです。ウェストを絞ったツインセットの短いカーディガン・スタイルに大きなポルカドットの落下傘スカート…。これってディオールのニュールックに影響を受けてるんじゃないかと思います。もちろん時代考証的に考えれば、1947(昭和22年に発表されたニュールックが当時の日本にタイムラグなく上陸するわけはないんだけど、進駐軍の将校夫人達が戦勝国から持ち込んだ“アメちゃんルック”が、何かの形でディオール旋風の影響を受けていたことは容易に想像できます。戦後の女性誌を眺めても“復古調”という文字がやたらと目につくのも気になります。確かにモード史の流れからすれば「ディオールが風邪を引けば世界中がくしゃみをする」時代だったわけですから。昭和28年にはこのニュールックを引っさげて本家本元のディオール御一行様が初来日を果たしています。実際にはディオール本人の来日はかなわなかったそうですが、東京会館に集まった観衆を前にディオール専属モデルがステージを閥歩するそのコレクションが呼んだ感動は、我々の想像を超えるものだったに違いありません。これが戦後日本人が初めて日の当たりにした“ブランド”だったのですから。